プラスチック [04]
その帰り道、
サクラとスガオの二人は堤防を歩いていた。
日は傾き、もう少しで空が夕焼けで朱に染まるだろう。
二人の歩いていく、その先の道から少し下ったところで
五、六歳くらいの女の子が一人で泣いていた。
「あ、あれ」
サクラはそれを見つけた。
「うん、泣いているみたいだね」
「なんでかな?」
「わからないけど、
ああいう泣き方は
そっとしておいて
あげた方がいいよ」
スガオはそう言った。
その女の子の泣き方は大きな声は出していないが、
何かを耐えるように、でも感情が抑えきれないといった感じだった。
「そんなことないよ
なんだか寂しそう」
サクラはそう言って女の子の方に行った。
だから、そっとしておいた方がいいんだ。
寂しいのに知らない人に声かけられても、しょうがないじゃないか。
スガオはそうは思ったが、自信たっぷりでサクラに言われると
自分の考えに確かな自信があるわけではなかった。
考えるより行動のサクラのその姿が、スガオにはなんだか眩しく感じた。
「ねえ、
どうしたの?」
その女の子にサクラは声をかけた。
その女の子はびっくりしたようにサクラを見たが、黙って向こうを向いてしまう。
サクラは女の子のそんな仕草など気にない。
「お母さんにでも、
怒られたのかな?」
「…ちがう」
「じゃあ、お父さんに、
怒られたのかな?」
「ちがう」
「じゃあ、好きな男の子に振られちゃったとか?」
「ちがうもん!
ナナ、そんなんじゃ
泣かない…」
サクラの言葉に怒った顔で、その女の子ナナは抗議した。
「じゃあ、どうしたの?」
「…えっと、なんでもないっ」
ナナはまた向こうを向いてしまう。
「何でも、なかったら泣かないよ、
お姉ちゃん
ナナちゃんが泣いてるの見てるの
が悲しいんだ…」
ナナがサクラの顔を見た。
サクラもナナの涙をためた目を見る。
ちょっと間が空いて、
またナナの目から涙がぽろぽろ流れ落ちる。
「…えっと、
あのね、サクタロウがね
死んじゃったの」
「さくたろう?
おじいさんが死んじゃったの?」
「ちがう!
家で飼っていた犬っ!
あのね…
サクタロウね
ナナのこと大好きだったの
それでね、ナナも
サクタロウ大好きだったの」
「そう…」
サクラはナナの頭を撫でた。
ナナは抑えていたたがが外れたようにさらに涙を流した。
サクラは頭をなで続ける。
スガオは何も喋ることもできずただ、それを見ていた。
しばらくして、何か思いついたようにサクラの顔が輝いた。
「そうだっ、
お姉ちゃんね、
すごいことできるんだよっ!」
その声に驚いて不思議なモノでも見るような表情でナナが顔を上げた。
「ふっふーん」
サクラは得意げにまるで子供のような表情でナナを見た。
「何?」
「お姉ちゃんね、
実は魔法使いなんだ!」
「嘘っ?
そんなのいないって、
お兄ちゃんが言ってたよ」
「嘘じゃないよ
見てて」
そう言って、サクラはスガオの方を見て片目閉じてウィンクして、
ナナには見えないように、ポケットからプラスチックの箱を出した。
スガオはそれを見て、サクラの考えていることがわかった。
「そんなんだ、
お姉ちゃんはね
本物の魔法使いなんだよ
実はお兄さん
お姉ちゃんの魔法の弟子なんだ」
そう言ってスガオがわってはいった。
いきなりわって入ってきたスガオに驚いてナナが気をとられている隙に、サクラはプラスチックを一つ地面に埋めた。
「ナナちゃん
信じてないなぁー?」
サクラが言った。
いきなり明るく話すサクラを見てナナは狐につままれたような表情でサクラとスガオをキョロキョロと見回す。
空は夕焼けが始まっていて、その光がなんだか現実味を薄くさせた。
「じゃあ、
何か魔法してみてよ」
「もちろんっ
そう来ると思いました!
ナナちゃんを元気にする
とっておきの魔法っ」
そう言ってサクラは適当に呪文のようなものを唱えた。
そして、サクラの足下から虹の光が漏れ始める。
「ふふふっ
いくよっ?
ッゴーーーーーー!!」
サクラのかけ声と同時にナナの頭の上を虹の光が虹の尾を引いて飛んでいった。
「すっごーい!!
すごい
すごい!」
ナナが叫ぶ。
その虹は夕日を浴びて昼間とは違った味わいのある幻想的な輝きを見せていた。
その輝きがナナの中に入ってきて、暖かくナナの心をいっぱいにした。まさに魔法。
ナナは無言でその虹を見ていた。
「何度見てもキレイだ…」
「うん」
サクラとスガオもそれに見入った。
サクラじゃないが、虹にはなんだか人を元気にさせるような魅力がある。
ちょっとしてサクラが気付いたようにナナに話しかける。
「ナナちゃん
どう?元気出た?」
ナナは笑顔でそれに答えた。
「うんっ
お姉ちゃんすごいね
本当に魔法使いなんだ」
「当然よ
私はね天国のサクタロウに
ナナちゃんを元気づけるように
頼まれてきたの
ナナちゃんは泣いていると
サクタロウも天国で悲しいって、
そう言ってたよ」
スガオはそれを聞いてちょっと言いすぎだろうと思ったが、
虹を見せられ、サクラが魔法使いと信じきっているナナにはちょうど良かったようで、目をキラキラさせながらサクラの方を見ていた。
「本当?
じゃあ、ナナもう泣かない!」
「うん
いい子ね…」
サクラがナナの頭を撫でる。
ナナは笑った。
スガオはその光景を見ていた。
いくら虹を間近で見たからといって、そんなに簡単に元気になるはずがない。
ナナは天国のサクタロウを悲しませまいとがんばって笑っている。
暗い過去を悲しんで泣き続けていたって何も変わらない、
だったら、悲しくてもつらくても、笑って前を見る方がいい。
だから、いくら悲しくたって、泣いているより、笑っている方がいいに決まっている。
だけど、それを実行するのは大人だって大変なことだ。
それをあの五、六歳子供がしているのだ。悲しいのに、がんばって、
それをサクラはさせてしまった。
なんだか、スガオの胸にこみ上げてくるものがあった。
その光景にスガオはなんだか無意識に感動していたのだ。
それに気付いて、なんだか恥ずかしくなった。
きっと誰もいなくて一人なら涙が出ていただろう。
サクラがナナの肩を持って明るい声で言う。
「ほら、ママが心配しちゃうから
そろそろ、おうちに帰った方がいいんじゃない?」
「うん
お姉ちゃん、ナナ帰るね」
堤防の向こうではもう、真っ赤になった太陽が沈みかけていた。
そのオレンジ色の光の中、ナナが小走りに帰っていく。
「やりますね。
サクラ先生」
自分の感情を隠そうと
スガオが茶化してそう言った。
「え?へへっ、
当たり前のことをしたまでサ」
照れながら、サクラがそう言った。
「でも、様になってたよ
魔法使いぶり…
ゴーッなんて言っちゃって」
「そう?でも
虹ってすごいね
泣いてたあの子元気にしちゃった…」
虹だけじゃない、
サクラだってすごいよ。
虹だけあったってサクラじゃなきゃ
あの子を笑わせることはできなかったよ。
スガオはそう言いたかったが、なんだか今抑えている気持ちが抑えきれなくなってしまいそうで言えなかった。だから簡単な返事を返した。
「うん、そうだね」
空の赤い太陽はもうわずかしか見えなくなっていた。
家の明かりが灯り始めた。
夜のとばりが降り始めた。
何処かの夕食の匂いがした。
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