プラスチック [06]
以外に
いつもの場所に行くとそこにサクラがいた。
いつも、スガオの寝っ転がっているところに座り、工場の方を眺めていた。
スガオは黙ってそれを見ていた。なんだか、それをじっと眺めていたかった。
サクラの雰囲気はいつものそれとは違い、なんだか沈んでいるように見えた。
なんだか、サクラらしくないな、
やっぱり風邪でもひいたかな?
スガオはそう思った。
工場の煙は上空では風が強いのか横に流れていた。
いつもと変わらない町並み、空、電線。
「ここからの景色って
別に特徴のない
何処にでもある景色だけど
なんかいいよね」
サクラがその風景から目をそらさずにいきなり、そう言った。
その声は元気が感じられずいつものサクラの声ではなかった。
スガオは黙っていた。
「ね!?」
サクラが今度はスガオの方を向いて、さっきより大きな声でそう言った。
「なんだ、
いるのわかってたんだ」
スガオはそう言ってサクラの隣に座った。
「あんな、大きな音立てながら来れば
わかるよ」
「よく
僕だってわかったね」
「ここに来る人間なんて
スガオか私ぐらいしかいないよ」
「そう」
風が走った。
草や木の葉が音を立てる。
それはスガオの耳にはなんだかいつもより大きな様に聞こえた。
空はまだ明るい。
しかし、この季節のせいか太陽の作り出す影は、もう長く濃く尾を引いていた。
二人の間に沈黙が流れる。
サクラは何も喋らないし、
スガオも黙っていた。
時折、風がながれ、草木が揺れ、サクラの髪の毛が揺れた。
「はぁー」
サクラが珍しく、ため息をついた。
スガオが口を開いた。
「最近、学校休んでたけど、
どうしたの?
風邪でもひいた?」
「ひいてない…」
サクラは工場の方から目をそらさずにそう答えた。
「そう…」
しばらくして、サクラがスガオの方を向いて、
「はい」と言って。プラスチックの箱をスガオに差し出した。
軽かった。箱を開けてみる。
スガオは驚いた、中は空だった。
「どうしたの?
プラスチック、
一個もないね
誰かに取られたとか?」
「ちがう、
全部使っちゃった…」
「全部?……」
「そう、全部」
「どうやって使ったの?」
「あのね私
ナナちゃんに虹を見せた後
思ったの、
プラスチックはすごいモノで、
使い方次第では人を助けてあげることもできる
だから、よく考えて使うべきなんだなって
でね、
次の日学校休んで、
どうやって使おうか考えることにしたんだ…
でも、
考えても
何も思いつかなくて
いいや、散歩でもしようと思って
外に出たら、お婆さんにあってね…
そのお婆さんひどく落ち込んでて
何とかっていう病気で
もう死にたいっていうの
私、そのお婆さんを元気づけたくて
プラスチックを使った。
お婆さん元気になってくれてね。
その後、私調子に乗っちゃって、
いろんな人に虹を見せてあげたんだ。
元気のない人、元気のある人。
子供、大人。
その日だけで、
残りの半分以上を使っちゃった。
なんだか、プラスチックって
使うと自分がすごくなった気がして、
ついつい、また使いたくなっちゃうみたい」
で、次の日は
ちゃんと考えようと思ったんだけど、
やっぱりダメで
今度はちょっと遠くに
散歩に行こうと思って
電車で適当なところに行ったんだけど、
普段気付かないけど、
悲しい人、寂しい人って結構いるんだね
残り全部使っちゃった」
「そうなんだ。
でも、いいことに使ったんだから
サクラはすごいよ」
スガオはそう言うと、
サクラはスガオの方を向いて、悲しそうに言った。
「全然すごくないよ…
私なんて、全然すごくない」
「なんで、
すごいよサクラは」
サクラは工場の方に目を戻した。
「あのね
女の子に会ったの
その子泣いててね
まるでナナちゃんみたいだったんだ。
やっぱり気になって声をかけちゃったんだけど、
何も答えないの
ひたすら泣いてるの…
きっと何か悲しいことがあったんだと思うんだけど
何を言っても
何も喋ってくれなくて
プラスチックで虹を造ってあげようと思ったら
その時もう、箱は空で全部使っちゃってた。
それで、なんとか元気づけてあげようと
したんだけど、
私が何をしても
何を言っても、
元気づけることなんてできなかった…」
「…………」
「結局ね
プラスチックを持たない私は
その子に何もしてあげることは
できなかった…
プラスチックを手に入れて
虹を作れるようになって、
正直、なんだか自分がすごい人間になった
気がしたけど
それはプラスチックがスゴイだけで
私は何もできないまま
何も変わってない…
すごくなんてなかった。
それは、とても当たり前のことで
そんなこと今までわかっていた気がしたんだけど
こうね、改めて思うと
なんか、どうしようもないよね…」
そしてサクラは黙って空を見た。
少し間が空いて、スガオが立ち上がった。
木の枝を拾ってサクラの後ろ側で地面に何か描き始めた。
「…実はさ
ちょっと前から、風水にはまってて
最近は風水に結構詳しくなってきたんだけど、
その今、サクラが座ってる場所って
風水的に気分が沈んでる時にいると
どんどん沈んで来ちゃう場所なんだ…」
それを聞いて、サクラは眉をひそめた。
「そうなの?…
でも風水って胡散くさいよね…」
「うん
みんなそう言うんだけど
これがなかなか、理にかなってて
実際、効果があるんだ。
で、印を描いたここが
気分を明るくしてくれる場所。
ほら、
騙されたと思ってちょっと
ここに立ってみて。
サクラはまず元気になる
必要があるよ」
「えー、
風水なんて
本気で言ってるの?」
と言いながらサクラは立ち上がった。
「本気だよ
大丈夫、
本当に元気になるから」
「ここ、でいいの?」
と狐につままれたような顔でサクラが印のところに立った。
スガオは基本的に科学的でないものを信じることはなかった。
どうしたんだろう?
風水なんて本気で信じてるのかな?
「オーケー
うん、ぴったりだね。
ふふっ」
スガオがそう笑うと、
サクラの足下から光がほとばしった。
「あっ!?」
っとサクラが思った瞬間。
一瞬にして光はサクラを覆い尽くし、気付いた時にはサクラは光の中にいた。
七色の輝き。
踊る光の粒。
サクラは虹の中にいた。
七色の輝きはまるでオーロラのように揺らぎサクラの目にいろいろな色として飛び込んでくる。
踊る光の粒は顔なんてなく表情なんてないがその踊る様はとても嬉しそうで、楽しそうでサクラにはなんだか彼らが笑っているように見えた。
眩しい光に包まれると何も聞こえなくなるのだろうか、
時間が止まったように何も聞こえなくなった。
いろんな動きがスローモーションになって、その全ての動きがサクラの脳裏に焼き付いていく。
その光の中でずいぶん時間がたった気がしたが、それは実際はほんの一瞬の出来事だった。
何も聞こえない世界にスガオの声が入ってきた。
「どう?
気分は」
「全部使っちゃったのに、どうして?…
あ、
そういえば…」
「そう、最初の時に一個もらったヤツ
使ってないの思い出してね
ちょうど持ってたんだ
これが正真正銘の最後の一個だね
ふふっ、
確かに虹はスゴイね。
虹を作るプラスチックもスゴイ。
でも、
サクラだって同じくらいスゴイ。
サクラは僕の持ってないモノをたくさん持ってる。
サクラは他のみんなが持ってないモノをたくさん持ってる。
虹が作れないと何もできないって?
そんなことはないよ。
虹が作れたって、何もできない人は何もできないよ
でもサクラはそれを使ってたくさん
人を喜ばせたり、なぐさめたりできたんだ。
スゴイじゃない?
それってとても素敵なことだよ。
サクラが思ってるよりずっとすごいことだよ…
それに、
虹が造れないのなら、
これから虹が造れるようになればいいんだ。
もしくは、虹のようにみんなを喜ばせたり、
元気にさせたりできるモノを
作れるようになればいいんだ。
サクラにその気持ちがある限り、
絶対、いつか作れるようになるって
絶対…
大丈夫…
ナナちゃんをなぐさめるサクラを
見てて正直、その姿が眩しかった。
そういうサクラの持ってる何かが
その何かを持っているサクラが
うらやましく思えた。
本当だよ
きっとプラスチックをくれた虹屋の人も
サクラがそれを持ってるって知ってたから
プラスチックをくれたんだと思う。
だから
虹が作れるか作れないかなんて、
たいした問題じゃない。
サクラのその気持ちが大切なんだ。
それって本当に素敵ですごいモノなんだよ
それがあれば他のことなんて
どうにでもなる。絶対。
だから、そんなに心配するなんて
ナンセンスだと思うね
大丈夫。絶対
サクラはいつか自分の力で
人を喜ばせることができるよ…」
サクラが虹の中から出てきた。
「ありがとう」
さっきより幾分元気を取り戻した顔でサクラはそう言った。
それを見てスガオが笑う。
「うん、サクラらしくなってきた
うーんっ」
とスガオは大きく伸びをした。
スガオの顔が赤い。柄にもないことを言ったせいか照れているのだ。
照れ隠しのようにサクラに背を向けて、
工場の景色に目を向けた。
空にはまだ青空が広がっていて、気持ちいい風が吹いていた。
いつもの風景。
でもなんだか新しい始まりのような気がする。
サクラもスガオもそう感じた。
スガオも自分では気付いていないが、自分の中でサクラを通して芽生えてきたモノがあった。
もちろんそれに、サクラだって気付いていない。
果てしなく続く空。何処までも続いている。
今は行けないけれど、いつかその空の果てに行ってみたいと思う。
それはきっとすばらしい所だろう…
そういうロマンを二人同時に思い描いているなんてサクラもスガオも気付いていないが。
同じ気持ちが流れていた。
「ん!?」
町の少し手前のところに雨も降っていないのに、こことは別に虹が架かっていた
「どうしたの?」
「あれ」
スガオが虹の架かっているところを指さした。
「あ、虹、
雨も降ってないのに、
あっ!
あれスティングレイさんだ!!」
「何っ!!
あの虹屋の?
どれどれ」
「うん、あそこ黒い服着てるあの人
ああ、見えなくなっちゃった…
ねぇ
あそこ行ってみる?」
「ん?
そうだね、
虹屋探しだ」
そう言ってサクラとスガオは林の中に消えていった。
そこから見える景色、
青空が広がっていて、
工場の煙突から煙が昇っていて、
風が吹いて草木が揺れて、
子供の頃から変わらない町並みがあって、
電線があって、
大きな虹が架かっている。
空にはUFOなんて飛んでないが、
それはいつもと変わらない、いい景色だった。
「あっ!?」
「何?どうした?」
いきなり大声を上げたサクラに驚いてスガオが尋ねた。
「えっ、ごめん
何でもない」
サクラは思い出した。
そう言えば、プラスチックをもらった一番最初、
プラスチックが本当にキャラメルじゃないのか確かめるために一つ開けて
口の中に入れて味がするか確かめたプラスチックがあった。
それは一回口に入れちゃって汚いから、箱には戻さずに別にしておいた。
アレが残っている。
そうプラスチックはまだ一個残っていた。
「何でも、なーい!」
サクラがもう一度、笑いながら大きな声でそう言った。
さっきの仕返しに、いつかそれでスガオを驚かせてやろう。
サクラはそう決心した。
スガオは走りながら笑うサクラをあやしげな目つきで見る。
「変なヤツ…」
「ふふ…
今頃気付いた?」
「……とにかく
急げ!虹屋が逃げる!」
二人はスゴイ速さで林の中を走っていった。
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